Euro Vega
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“Som do Verde" 制作という旅の始まり

雷のように降ってきたメロディー

今回久しぶりに新作をリリースするにあたりまず決めたのは、スケジューリングをコントロールしたいので自身のレーベルからリリースすること。要は自分でスケジュールを決められるので作曲期間に余裕を持てるということ。ミュージシャンやエンジニアと作業に入る前に、どれだけ多くの「ギフト」をいただけるかが鍵になります。
7インチシングルと配信で先行リリースして、アルバムの1曲目に収録した”Como El Viento”はまさに天からの贈り物でした。
それは自宅付近を散歩しいている時に突然やってきました。この曲のサビの部分がいきなり歩いていた僕の全身に降り注いだのです。そして今回の雷にはメロディーだけでなく言葉も付いてきました。
♫コーモーエーベントー、、、、コーモーエーヘロー、、、♫
???これは何語だ?英語じゃないな、スペイン語か?そんなクエスチョンとワクワクするようなメロディーに包まれた状態のまま急いで自宅に戻りました。まずはiPhoneのボイスメモにメロディーを忘れないよう歌って録音したあと謎の言葉がなんなのかを究明しました。おそらくスペイン語だと判断して調べてみたところ、コーモーはComo。エーはEl、ベントーはVento。Como El Viento、Like The Wind、そう、「風のように」だったんです。そしてもうひとつのコーモーエーヘロー、、、。これはヘローではなくFierro、フィエーロ、鉄です。その瞬間一気に頭を駆け抜けた一行、「風のように踊り、鉄のようなハートで立ち向かう」このポジティブで熱のある言葉を7年ぶりとなる新作のテーマにしようと決め、そこから約1年半行われたアルバム”Som do Verde”の旅が始まりました。

「メロディー」は僕にとって魅力的かつ
天邪鬼な空からの「ギフト」

よく作曲方法やどんな機材を使って作曲をしているのかを聞かれます。もちろんギターやピアノ、Protoolsという音楽ソフトをパソコンで使用しますがそれはあくまでも音楽の核である「メロディー」が生まれた後です。ではその大事な「メロディー」はどうやって生まれるのか?
僕は常に雷に撃たれるのを待っています。決定的なメロディーは「生む」というより「授かる」、もしくは「キャッチする」という表現がしっくりきます。作るのではなく降ってくるんです。
一番困るのはスケジュ−ルや締め切りがはっきりと決まっている仕事(普通そうですが)。決定的なメロディーはいつどのタイミングでやってくるかは想像すらできません。さらに言えばもう一生降ってこないかもしれません(もしくは降ってきているのに気付けなくなっている可能性もあります)。その場合は無理矢理でも机に座って作業をしますが、気持ち的にはそれを作曲と呼ぶかは微妙だと感じます。
それぐらい「メロディー」は僕にとって魅力的かつ天邪鬼な空からの「ギフト」なのです。

1. Como El Viento feat.Saùl Santolaria

新曲"Como El Viento”のサビの部分の完成後一気にAパート、Bパートのメロディ ー、コード進行を決定させ、その後歌詞をまずは日本語で書きました。「風のように踊り、鉄のようなハートで立ち向かう」、そこからストーリーを広げていきこの日本語の歌詞を友人のアルゼンチン人女性のInesにスペイン語にしてもらいました。この作業がしびれました。僕の日本語はすべてスペイン語にならないことがわかったんです。要は訳しきれない。「男はつらいよ」がアメリカで上映された際、まったくウケなかったという話を聞いたことがあります。寅さんの言葉は字幕で英語に訳されますがあの歯切れ良い下町独特のおかしさはやはり日本語じゃないと100%表現はできないはず。それも文化やキャラクターの違う国同士ですから理解し得ない部分もたくさんあるはずです。今回僕が書いたエモーショナルで「日本的」な言葉の数々をInesと一緒になんとかスペイン語に変えていく作業に丸2日間かかりました。ましてやスペイン語に訳された言葉が曲のリズムにもフィットしないといけないので結構大変な作業になりました。
そして僕はこの曲を持ってスペインにレコーディングに行こうと決めていたので、真っ先にマドリッド在住のユダヤ人ピアニスト Joshua Edelmanと連絡をとりました。彼は僕の3rdアルバム ”Conexion”でもプレイしてくれていましたし、2007年にはJoshuaの日本でのファーストアルバム “Dreaming On The Fire Escape”もプロデュースしました。間違いなく世界を代表するラテンジャズピアニストでありコンポーザーです。しかし彼はマドリッドを離れ現在北スペインのビルバオにいるとのこと。そっちに来て欲しいと。ビルバオか。。ま、行ってみよう。"Como El Viento”はスペイン人の男性に歌ってもらおうとイメージをしていたのですが、その「肝」である歌手をどうしようかと決めかねていた頃、Joshuaにこんな感じの声のシンガーは周りにいるかとサンプルを送ってみました、「LAVAも知っている男性で最高のシンガーがいるよ。Saùl Santolariaだ」と。Saùl?SaùlはJoshuaの親戚でもあり、僕がJoshuaのレコーディング時に作業を共にした有能なレコーディングエンジニアです。でも彼は歌手じゃないでしょ?するとJoshuaがSaùlが歌っている曲を送ってくれたんです。聴いてびっくり。イメージしていた通りの歌声。Saùl、やるじゃないか!これは幸先いいぞ!!2018年の6月後半、約1週間ビルバオに滞在してJoshua Edelman、Saùl Santolaria、そしてアルバム中のもう1曲を歌ってくれたスペイン人女性シンガー Ana GastilariaとLara Sagastizabalがコーラスで参加してくれました。ビルバオからアップしたFacebookにも書きましたが今までで最も自分の気持ちが通じたレコーディングになったと思います。2001年から制作で世界のあちらこちらへと行っていますが、僕の言葉と曲をこれほど理解してくれたメンバーはいませんでした。愛が海を越えて音楽に乗って通じ合えた。そんな最高の気分でした。「風のように踊り、鉄のようなハートで立ち向かう」オープニング曲にふさわしい1曲が完成しました。*余談ですがアルバムタイトルの”Som do Verde”はポルトガル語で、英語で言うところの”Sound Of Green”です。“Como El Viento” の歌詞の中に「心の信号がブルーだから俺は前に進む」という一説があります。これをSaùlが 「こっちでは信号はブルーじゃなくグリーンだから変えていいか?」と言われました。ということは緑は前進する色なんだなと。前向きな音楽が詰まったアルバムにしたかった僕としてはナイスなヒントをSaùlからいただけました。これも「ギフト」のひとつでしょう。

2. Brisa Do Mar feat.Marcelo Kimura

1stの”Vem Para Ficar”、2ndの”Mundo Novo”、3rdの”Praia”、4thの”Brazilian Weaver”。これらは僕のアルバムの2曲目に収録されている曲たちです。
音楽が大好きになった中学1年生の頃からとにかく暇さえあればアルバムを聴きまくった僕は結果あることに気がづきました。
「1曲目はいいに決まってる。大事なのは2曲目だ。」
それから約40年経った今でもアルバム中大事なのは2曲目だと思っています。聴く側でそんな感じですから作る側になってからの2曲目の悩み方は尋常ではありません。そして今回その重要なポジションを任された男がMarcelo Kimuraです。
1979年にブラジル サンパウロで生まれたMarceloは祖父の影響からギターをスタート、若干16歳でタトウーイの音楽学校の講師となりました。2006年に来日してからはギターの先生を続けながらもプロギタリストとして数々のメジャーアーティストとの共演も果たし、アーティスト Marcelo Kimuraとして2018年には初のアルバム “Samba a Distancia” をリリース。この日本において独自のサウンドスタイルを展開し、今なお輝きを放つブラジル人アーティストはMarcelo Kimura以外見当りません、僕はサウンドプロデュースするレストランで演奏してもらった経緯からMarceloと交流を持つようになり、ギターも素晴らしいですが僕は彼の「声」に魅了されある1曲を作りました。それがこの" Brisa Do Mar”です。うまく書けませんがIvan Linsが沸点に届かないボサノヴァを僕のDJの横で歌っているようなイメージの曲にしたかったのです。そんな1曲が今回のアルバムの2曲目に間違いなく「はまる」と確信していました。そしてそこにはどうしてもMarceloの声が必要だったのです。
自宅スタジオでMarceloにデモを聴いてもらってから歌詞ができてレコーディングをするまで1週間かからなかったですね。とにかく彼の仕事の速さには驚きました。
今年の7月のビルボードライブ東京でのリリースライブでこの曲を一緒にプレイできたことが嬉しかったですし、なによりも「LAVAさんのライブは絶対ブラジルでやるべき」とビルボードの楽屋でMarceloが言ってくれたことが今でも僕のガソリンになっています。
ちなみにドラムトラックを納得いくまでプログラミングするのに半年かかりました。
https://marcelokimura.jimdo.com

3. Leva feat.Sabrina Hellsh

SabrinaもMarcelo同様日本で活動するブラジル人です。もともと彼女を紹介してくれたのは僕のイベントでは欠かせないサンバダンサー”Gatinhas”のメンバーでもあり友人のたかえ。そのたかえがSabrinaのライブ録音されたCDをくれたんです。「なかなかいい声だな」と気に入りイベントに出演してもらおうと企んでいたら彼女は宮崎に引っ越してしまいます。
それから何年か経ち、Sabrinaは日本人男性と結婚をして子供が生まれます。ちょどその頃”Som do Verde”の制作に入ったので「これは母になったSabrinaにやはり1曲歌ってもらおう」と作ったのがこの曲。彼女にはデモを聴いておいてもらいできれば子供のこと、そして母となった女性をテーマにした歌詞を書いて欲しいとリクエストしました。
毎年夏にはハワイ島でエネルギー補給をするのが恒例となっていましたが、今年はレコーディングで行けないのでこれを夏休みにしようと奥さんとたかえも誘ってビルバオから帰国後の8月、真夏の宮崎に向かいました。
この”Leva”と先行でリリースする”Como El Viento”の別バージョンの2曲の歌入れを宮崎のライブハウスも兼ねたNew Retro Clubで行ったのですがそこでずっと泣いていたのがSabrinaの子供、マルコです。マルコは丸い虎と書いてマルコ。可愛いでしょ。
スタジオではたかえと僕の奥さんが常にマルコをあやしてくれてなんとか母の仕事は進みましたが、マルコのあの泣き声はエレキギターよりもうるさかったです(笑)。自分の歌なんだなとわかってきっと興奮していたんでしょうね。
レコーディング後は宮崎の仲間たちも一緒に晴天の青島で遊んだのがこれまたいい思い出になりました。マルコがもう少し大きくなったら是非ママとデュエットでLevaを歌って聴かせてね!

4. Amar Sem Limite feat.Wilma de Oliveira

2001年リリースの1stアルバム “Aile Alegria”から新作 ”Som do Verde”まで、僕の5枚のアルバムすべてで歌ってくれたのはWilma de Oliveiraだけです。
1969年にブラジル サンパウロで歌手デビューしたWilmaは1986年に来日。以後精力的にブラジル音楽の発展に努め、ライブ活動、数々のアルバムへの参加、CM音楽、そして多くの歌手志望たちの先生としても励みました。日本におけるブラジリアンコミュニティーで彼女のことを知らない人は誰ひとりいないでしょう。
そんなWimaが去年の秋、日本での32年間の活動に幕を閉じブラジルへと帰りました。そして光栄なことに日本での最後のレコーディングが僕とのこの曲、 "Amar Sem Limite"だったのです。
思い出されるのは2002年リリースのアルバム”Mundo Novo”の中の1曲、"Verao No Rio”が日本テレビの「今日の出来事」の天気予報のテーマソングとなり、僕は毎日彼女の声で明日の天気を知るという楽しみができました。正直言えば彼女と出会っていなかったらここまでの活動もできていなかったかもしれません。僕にとっては大切な恩人であり、尊敬する歌手であり、ブラジルの母でもありました。
そんなWilmaに感謝の気持ちを込めて今までで最もオーソドックスと言えるボサノヴァを作りました。
今回のアルバムでコードアレンジの作業を共にしたギタリストのTakaaki Ohnishiに自宅にきてもらい、彼にいくつかのボサノヴァ進行のコードを弾いてもらっている上に僕がメロディーを乗せていくという一風変わった作曲の方法でこの曲は生まれました。
歌録音は自宅スタジオで行いましたが、驚いたのはWilmaの堂々とした歌いっぷり。僕の曲は時に変則的でメロディーラインも複雑なパートがあるので彼女はいつもレコーディング時にナーバスになります。ところが今回は、
「LAVAやりましょう。ドラム類はなくしてギターだけで歌わせて」
そう言い放つとそこから一気に歌い上げていったのです。伸び伸びとしなやかに、まるでサンパウロの空を泳ぎながら歌っているようでした。そして今までで声が一番太かったんではないでしょうか。彼女の遺伝子を受け継ぐMarcelo Kimuraにもコーラスで参加してもらいました。
その後のお別れ会がなぜか定食屋でトンカツというのが可笑しかったですが、やはり何度録音しても、何度聴いても、彼女の声は美しかったです。そして衰えることなくまた故郷に戻っていく様がジャンヌダルクのようでかっこよかった!今度は僕がブラジルに行く番ですね。次回、サンパウロに新曲を持って行こうとすでに企んでいます。

5. Sopelana feat.Yuri Dazai

Soplelanaはスペイン、バスク州にある緑豊かな丘や浜辺を持った街で、”Como El Viento”のビルバオでのレーディング後にJoshua Edelmanが彼の家族も誘って僕を夕食に連れて行ってくれた場所でもあります。Soplelanaの海沿いのレストランで彼らと一緒に眺めた海を美しく染め上げる夕陽を僕は今でも忘れることができません。こんなご褒美が待っていたとはほんと、音楽家冥利に尽きます。
そのイメージを帰国してからピアニストの太宰百合さんに伝え、彼女が極上のメロディーラインを生み出してくれました。僕はそのメロディーをもとにクラシックなジャズアルバムからのサンプリングだけでドラムトラックをプログラミングして、ビンテージな香り満載なインストトラックを作り上げいざレコーディングへ。
このアルバムでは見事なまでのピアノの「音」を聴くことができます。”Como El Viento”以外はすべて太宰百合さんのプレイですが実は録音した場所がユニーク。
東京、中野区にあるベーゼンドルファー・ジャパンのショールームにエンジニアの稲田ノリキ君が録音用機材を持ち込み、ショールームから好きなベーゼンを百合さんが選び弾くんです。それを録音しちゃう。言っておきますが黙って侵入したわけではないですよ。ベーゼンが2台ほど入る個室があって、そこを時間で借りて機材を持っていき録音するんです。値段ももちろんレコーディングスタジオに比べればリーズナブルですが、有能なエンジニアと有能なピアニストがいたから実現できた話だということはお忘れなく。そして万が一ピアノを傷つけてしまったらお買取になります。3000万円ぐらいかな。
最近めきめきと腕を上げ、呼吸もバランスもアンサンブルも抜群なLAVAホーンズ(Sax-TAG,Tp-Atsushi Suzuki,Tb-Suzuki Strike)によるセクションもグレイト!
*ちなみに便乗して蓮池真治君のウッドベースまでベーゼンのショールームで録音しちゃいました。。
https://www.boesendorfer.com/ja/bosendorfer-tokyo

6. Mi Lugar feat.Ana Gastilaria

ビルバオでもう1曲レコーディングしたのが美しいスペイン人女性ボーカリストAna Gastilariaが歌う”Mi Lugar”です。彼女はJoshua Edelmanの「一推しシンガー」であり、その美しさゆえ人気のダンサーでもあるんです。
実を言うとこの曲がどういう経緯で落ちてきたのかを忘れてしまっていますが、とにかくメランコリックかつラテン風味のダンスチューンを彼女に作ろうとしていたのはなんとなく覚えています(当時の僕は相当めまぐるしい中でもがいていた気がします)。
ビルバオ録音の前に東京、下北沢でドラムとパーカッション、ギター、ベースのレコーディングをしました。ドラムはヤスこと結城泰範。ふたつのリズムパターンを持つこの曲ですが、ヤスはスネアのピッチを工夫して見事なまでに表情を変えて演奏してくれています。音も太い。パーカッションはNY出身で"My Bro"のWinter Spencer。LAVA BANDにも欠かせない存在で、年にいくつかある大きなイベントでは僕のDJセットにコンガ炸裂で参加してくれています。最高、最強の男です。ギターには大西タカ、ベースは蓮池真治。そして楽曲にぐっと深みと彩りを与えてくれたのがブラジル人サックスプレーヤーのGustavo Anacletoによるフルートです。よく練られたメインパートにハーモニーをつけたソロは圧巻でした。
このトラックにはアルバム中最も生音と打ち込み、サンプリングのLAVA的フュージョン(融合)がなされています。かなりの細部まで(おそらく変態的に)細かく音を重ねていますが、この行為が続くとさらに締め切りは見えなくなっていきます。よく「LAVAさんはいつトラック作ってるんですか?」と聞かれますが(僕が外で遊んでるイメージしかないのがその理由)、答えはいつもです。一日中やってます。寝ません。この作業に関してはLAVAとして制作を始めた頃から延々とやるんですよね。昔はバックアップなんて頭にないので作ってはゴミ箱、作ってはゴミ箱、そして「あ〜、捨てなきゃよかった〜!!」なんて後悔しながらの航海(笑)。
アルバム中とても気にっているナンバーです。

7. Pale Shelter feat.Unico

“Pale Shelter”はご存知 Tears For Fearsの1983年リリースの1stアルバム “The Hurting” からのヒットシングル曲。当時ニューウェーブ少年だった僕にはたまらない1曲でもありました。
この曲をカバーしようと思った理由が好きだから意外にもうひとつあります。それは歌詞。

君が僕を愛してくれない時は
君が僕にくれるものは弱々しいシェルターだ
君が僕を愛してくれない時は
君が僕に差し出す手は冷たい
僕がただ完全に命令されたいと思う時は
僕はこの失敗に対して手の打ちようがない

君の言いなりで僕が待たされたままでいる時
僕はどうやって確信を持てばいいんだろう?
君のすることがただ僕の面倒を最後まで見るだけの時
僕はどうやって確信を持てばいいんだろう?
僕の疑問は止まらない
僕はどうやって確信を持てばいいんだろう?

君は僕を愛してくれない

外圧や接触しなければならない社会や生活の中の軋轢で苦しむ男の曲ですが、僕は歌詞に出てくる「君」と今の日本の政府がダブるのです。ここでは反政治的なコメントは避けますが、何か自分の胸の中にあるモヤモヤがずっと取れずにいるのは日本のリーダーたちの冷血さにある気がしてなりません。そしてその闇の体制が何年にもわたってこの国に蔓延し続いている現状に大きな不安を感じます。
僕が好きなメキシコ人映画監督、アルフォンソ・キュアロンによる「ROMA」が今年のアカデミー賞では監督賞、撮影賞(撮影もキュアロン氏)、外国語映画賞と見事3冠に輝きました。その時の監督によるコメントを載せておきます。
「芸術家の仕事は、他の人が目を向けないところに目を向けるところだ。今こそ自分たちの視点を示す重要なときだ」
全世界の表現者たちに作るための勇気と希望をを与えてくれる力強い言葉でした。

”Pale Shelter”に戻りますが、僕としてはこの曲をこの曲のまま終わらせるのではなく、ここから光を見出し「弱々しいシェルター」から抜け出すために日本人女性シンガーのUnicoに彼女が伝えたい「家族愛、地球愛」のポエムを書いてもらい、そのリーディングパートを曲の後半に追加しました。僕だけの視点によるアレンジです。そしてそのパートに鈴木敦史による高らかに吹き上げられるトランペットソロを加えることで未来へのパワフルな前進を表現しています。

君が僕を愛してくれるよう、僕も君を愛します

今この地球には「至上の愛」こそが最も必要なキーワードだと思っています。

8. Movin’ On feat.JAY

一昨年の12月、「新曲発表会」と題して表参道のWall&Wallにて書き始めた新曲をライブでお披露目するというイベントを行いました。200名ぐらいのLAVAファミリーを前に演奏し、ダイレクトに彼ら彼女たちのリアクションを見てみるという贅沢な企画でした。ということなので反応がいまいちだった曲はアルバムには入れなかったですね。
そこで1曲目に聴いてもらったのがこの”Movin’ On”。当時歌ってくれたのがFrances Mayaでしたが、結果フィリピン人男性シンガーのJAYが歌うことになりました(歌詞はFrances Maya)。アルバムのイメージがまだおぼろげだった頃にまずは書いた1曲で、今回はこの「フリーソウル的」な曲が中心となった作品になるのかな、なんて思っていましたが結果この手はこの1曲のみでしたね。
これまたどのタイミングでメロディーが降ってきたかは忘れましたが、あまりに降ってこないので新曲発表会をブッキングして得意の「自己プレッシャー」を楽しんでいたような気もします(←自虐フェチ)。
“Movin On”はメロディー完成後のコードの当て方がうまくいった1曲でもあります。実はこの作業の結果ボツにさせる曲は結構多いのです。これはいいメロディーが降ってきたなとその後ギターを持って歌ってみたところ、どのコードもフィットせず、いや、どのコードもフィットしてしまいメロディーだけの状態だった時の方が何十倍も魅力的で印象が良かったなんてことが多々あります。うまく書けませんがメロディーとコードは抜群の相性でないとクラッシュします。そこが溶け合って初めてこれはいけると確信が持てます。特にメロディー先行型の僕にはコードアレンジは細心の注意を払わなければならない大事な作業なのです。アルバム”Som do Verde”の原点作りでもあるコードアレンジの作業に延々と付き合ってくれたギタリストの大西タカには大感謝です。

I’ll keep movin’ on !

9. Think Of You feat.tea

teaはインド、プネ出身のシンガーソングライター。バークリー音楽大学で作曲を勉強後に本格的にアーティストとしての活動をスタートさせ、2013年にはNew YorkのBlue Noteにも出演しています。2016年から活動の拠点を日本に移し2017年にリリースした1stアルバム “INTERSTELLAR”が2017年度のミュージックペンクラブジャパン音楽賞において新人賞を受賞。日本在住のワールドクラスアーティストのひとりです。
そんなteaに出会ったのが確か国分寺の小さなカフェでしたか。友人の絵描きがそこでライブペインティングをするというので遊びに行ったら、そのパフォーマンスに合わせてタブラをバックに歌っていたのがteaでした。その後彼女のライブに足を運びイメージを膨らませ、この”Think Of You”のレコーディングに至りました。
極力無駄なものは排除するトラックメイキング、何度も聞けるミディアムテンポのラブソング、ボーカルトラックをこれでもかと前面に出す、この全てを実現させるためになによりもteaの歌声が"Think Of You”には必要でした。
歌で曲は変わります。アレンジをしてどれだけトラックに音を追加して、どんなにお金をスタジオにかけても歌がはまらなかったらなんの意味もありません。逆に歌がはまれば自宅録音のギター一本のアレンジでもリスナーの心にはしっかりと響きます。
トラックメイキングに何ヶ月もかけてボーカルが見事にはまった瞬間の喜びは他に例えようがないほどのガッツポーズ100連発な嬉しさです。その逆もありますが。。。
特筆すべきは太宰百合さんのピアノ。あ〜、美しすぎて涙が出そうになります。これもSopelanaのところで書いたベーゼンドルファーのピアノです。

10. 虹の旅人 feat.HOZE

最終的に曲が9曲揃った時点で「よし!」と曲順を決めて頭からじっくりと聴いてみました。全部で10曲のアルバムにしたかったので後1曲、どんな曲が必要かをイメージしたかったのです。
9曲目を聴き終えたときにすでに「虹の旅人」の構想はスタートしていました。アッパーで日本語の曲を最後に入れよう。それも旅に出るストーリーでアルバムをフィニッシュさせよう。
フィーチャンリングしたシンガーのHOZEには2015年リリースの東急ハンズと作った企画アルバム “Herat AND Soul”で2曲歌ってもらっていました。かなり時間もなくなってきた頃、彼に自宅に来てもらいまずは僕からのソウルを注入し(誰にでも、どこの国でも最初にやることはこれです)、久しぶりの日本語の歌詞なので少し時間をもらい、歌レコーディングまであと3日という日に歌詞は完成しました。HOZEをだいぶやきもきさせてしまいましたが彼がしっかりと歌を自分のものにしてきてくれたおかげで終始歌録音はスムースに進みました。

これは心の旅、インナートリップの歌です。僕らは生まれてからずっと旅を続けています。歳をとり、変化し、つながり、はなれ、傷つき、受け入れ、怒りを追いやり、愛を生みます。そうやって心の中の激しい流れにぶつかりながらも、人として本当の自分に出会えるまで旅は延々と続きます。
もし途中でなにか思いもよらないアクシデントが起きても、最悪なことにやり直しがまったっくきかないことがわかっても、度肝を抜かれるほどの崖が急に現れても、僕たちは前に進むしかないんです。ライトを消して、心を閉ざして、膝を抱えてその場にうずくまることが人生の目的ではありません。太陽と月は僕たちを一歩前に進ませようと常に頭上で輝いています。

虹の旅人

Under the sun 碧と赤の
交じりあう朝に ひとり家を出る
群にはさよならして
目の前でうねる 嵐を予感した

波を蹴り上げ 頬を赤らめ
記憶を消し目指そう 今が新しい季節さ

心に響く音よ 世界に届け
終わりのない旅人 虹より高く飛び立て
風とツグミの声に耳をすませば
Ah 聞こえる この魂
さあ 目を覚ませ

Under the moon 永遠の詩と
燃え上がりながら未来へと進む

希望に満ちて 樹々をすり抜け
叫ぶライオンのよう 恐れるものは消えてく

心に響く音よ 世界に届け
虹をかける旅人 空より高く飛び立て
風とツグミの声に耳をすませば
Ah 聞こえる この魂
さあ 目を覚まそう

このストーリーが始まる合図をここで歌おう

柔らかく果てしのない夢へ近づく
俺は虹の旅人 涙のかけら集めて
ミツバチたちの声に耳を向ければ
かすかに輝きだす 再び生きる
I’m living in this world again
I can not live without sound of music
心に響く音が 世界を結ぶ
Ah 震える この魂
さあ 目を覚まそう